家族が日々暮らすわが家は、安心して過ごせる安全な場所であってほしいものです。
今回、インタビューに協力いただいた国立研究開発法人 建築研究所の布田 健さんは、安全・安心な生活環境の設計手法について詳しい研究者です。住まいにおける注意すべき箇所について、ユニバーサルデザイン実験棟を案内していただきながらお話をうかがいました。
プロフィール
国立研究開発法人 建築研究所
建築生産研究グループ
グループ長
布田 健(ぬのた けん)
知っておきたい家の中のリスク。
特に階段、浴室にご注意を
国の統計によれば、建物内の事故によって亡くなる人は、年間で約1万1000人。これは交通事故による死者数の2倍以上にあたります。家づくりの際に、どのような点に気を付ければ、そうしたリスクを減らせるのでしょうか。
交通事故より多い建築災害。最も多い原因は「溺水」
布田さんがまず示したのは、事故や災害による死亡率の推移を表したグラフです(グラフ1参照)。1956年からの交通災害、労働災害、建築物での災害、その他の事故などによる死亡件数の割合が、年ごとに表されています。
これを見ると、自動車事故などの交通災害が70年代をピークに少なくなっているのに対して、家庭内事故などの建築災害についてはむしろ増加の傾向であることがわかります。「厚生労働省の人口動態統計では、交通事故死の年間約4000人に対して、建築物での事故死は約1万1000人にものぼります。そのうち、約9割が住宅内の事故によるものです」と布田さん。
さらに、家庭内の事故死の内訳の推移を示したのがグラフ2です。近年、もっとも増えてきているのは、浴槽などでの溺水。続いて転倒です。溺水事故については、寒い脱衣室で血圧が上がったのちに浴槽で温まって急激に血圧が下がる、いわゆる「ヒートショック」による意識障害が多くのケースの原因になっているといわれています。
入浴や床での歩行は毎日、日常的な行為ですが、実は事故の発生リスクが高い行為でもあるということは、家づくりを考えるうえで留意しておいたほうがよさそうです。
安全性アップのためのチェックポイントも公開中。
リフォーム前にぜひ確認を
布田さんが以前所属していた国土交通省 国土技術政策総合研究所では、建築災害の予防のため、死亡事故のほか重傷、軽傷も含めた事故事例を収集。「建物事故ナレッジベース」というWEBサイトを通じて、事故を防ぐための解説・提案を発信しています。特に墜落、転落、転倒事故に焦点を当てた「安全・安心なマンションのために」というコンテンツでは、建物の管理者や利用者向けに事故予防のためのチェックポイントを紹介。バルコニーや廊下、階段など事故の起きやすい箇所について、どこに着目すべきかが具体的に解説されています。「特に最近はステイホームで、バルコニーにイスやテーブルなどを置いてくつろぐご家庭も多いと思います。子どもがそれらを足がかりにして、バルコニーから墜落してしまうことにも注意しておいたほうがいいでしょう」(布田さん)。
また東京消防庁の協力のもと、2016年の救急搬送データをもとに日常災害の実態調査を実施。布田さんもこの調査に参加しました。
「溺水も転倒もその大半は65歳以上の高齢者です。日本の高齢者人口が増えているために、そうした事故も比例して増えています」と布田さんは指摘します。リフォームの際には、わが家の安全性についてもあらためて見直し、少しでもリスクが小さくなるように改善を図りたいですね。
人と場に応じた手すりで転倒・墜落防止。
+αの工夫で住宅はより安全に!
近年の住宅でリスクが高くなっている溺水と転倒。その対策として布田さんが挙げるのが「適切な位置に手すりを設置すること」と「建物の断熱性を高めること」です。またそのほか段差や素材についても知っておいたほうがいい安全性向上のポイントがあります。
浴室の手すりは
目的ごとに適切な位置に設置
転倒防止の手段として有効なのが手すりです。特に足元が水に濡れて滑りやすく、入浴や洗髪など複数の動作を伴う浴室では、適切な位置、高さに必要な手すりを取り付けておくことが重要です。
「まず、浴室の出入り口付近では、脱衣室から浴室へと床材が切り替わり足元が滑りやすいので、しっかりつかむための手すりが必要です」と布田さん。そのほか、浴室内の歩行時、洗い場の立ち座りのとき、浴槽をまたぐとき、浴槽内の姿勢を保持するとき、それぞれの動作を安定させるため、必要に応じて手すりを設置することになります。
最近では、洗い場での立ち座りを安定させるため、昔のような低い腰掛けではなく、脚の長い浴室用イスを使うようになりました。また、浴槽も旧来の置き型ではなく、床に落とし込み縁を低くしてまたぎやすくしました。そうした変化にともなって適切な手すりの高さも変わっているので注意が必要です。
「一般的に、浴槽内の体勢を保持するための手すりは浴槽の縁から10cmほど上に設置されていることが多いのですが、それでは力を入れにくい。私たちの研究では浴槽の底から70~80cmの高さ、つまり縁から約20cmの高さのほうが体を安定させやすいことが明らかになっています」と布田さん。
そのほか浴槽の縁の高さは高齢者のまたぎやすさに配慮すると、その一方で子どもの溺水事故を誘発する可能性も生じてしまいます。子どもの安全のため、浴室の入り口の扉をロックするなどの配慮も忘れないようにしたいものです。
脱衣室・浴室双方を
断熱・暖房してヒートショック防止
ヒートショックによる事故を防ぐために大切なのが、裸になる空間の温度差を小さくすること。旧来の構造の浴室の場合、断熱性が低いので脱衣室と浴室の間の温度差も大きくなってしまいます。リフォームで最新のシステムバスに変更できれば、断熱・気密性が向上するだけでなく、浴室暖房機を設置して冬場でも洗い場を温めることが可能に。また、昨今はシステムバス交換時に、簡単に断熱性の高い窓に交換できるようになりました。
「浴室をリフォームするときには、同時に脱衣室も断熱施工しておくことをおすすめします」(布田さん)。高齢になるほど、血圧の変化によるヒートショックのリスクは高まります。同居の家族は、万が一意識を失ったときすぐに気がつけるよう、高齢者が入浴する際は声掛けしてもらうなどの工夫も大切です。
階段の手すりは、
1/4×身長+40(±3)cmを基準に
「階段の手すりと廊下の手すりは役割が違います」と布田さん。廊下の手すりは体を支えながら歩くためのものですが、階段の手すりは昇降に合わせて支える手を動かし、バランスを崩したときにはとっさにつかまる、という動作が加わります。「最近は背の低い人でもつかみやすいように手すりの高さの基準を75cmくらいから設定している例もありますが、成人男性にはやや低く感じられるのでは」(布田さん)。
そこで、実際にユニバーサルデザイン実験棟で階段の昇降実験を繰り返したところ、階段の手すりは「1/4×身長+40(±3)cm」がちょうどいいという結果が導き出されたとのこと。「家族それぞれの体形や好みも参考にしながら、この算出式をもとにご家庭ごとに合った高さを検討できると思います」。
床は段差を視認しやすい高さに。
材質・色の使い分けも大切
住宅での転倒防止のポイントのひとつに床の設計が挙げられます。単に床の材質のみで転びやすさが決まるわけではなく、履き物の素材との相性、床が濡れているかどうかなども関係します。「特に転倒しやすいのは、部屋の内外で床の材質が切り替わる箇所です。摩擦の具合が変わるのでバランスを崩しやすいのです」と布田さん。カーペットやフローリング、畳、タイルなど床の材質が変わる箇所では、手すり設置のほか、いったん立ち止まって切り替えが意識できるよう、あえて色を変えるなどのデザイン上の工夫も有効です。階段での転落や踏み外しを防ぐ場合も、踏面(ふみづら)と蹴込(けこみ)、滑り止めと段板のコントラストを意識し、加えて、足元灯を取り付け夜間に照らすとより安心です。
床の段差解消はバリアフリーの基本ですが、必ずしも高さを抑えればいいとは限りません。5mm程度段差だと気がつきにくく、かえってつまづきやすくなることもあるそうです。「実は、住宅の段差にはそれぞれ意味があります。浴室の段差の基準に2cm以下というものがありますが、これは手を借りれば車いすでも何とか出入りできるため。そうした意味を理解しながら、生活の支障となる段差を見きわめて解消していくことが大切です」(布田さん)。
バルコニーの手すりの高さは110cm以上。
子どもが通り抜けない間隔の縦格子に
溺水、転倒に続いてここ数年、件数が増えているのが子どもの墜落事故。コロナ禍以降、子どもが家で過ごす時間が増えて、これまではあまり見られなかった場所、ケースによる墜落が発生しているそうです。国土交通省でもそうしたリスクに対応して、注意を喚起するとともに分譲マンションや賃貸住宅を対象に、墜落防止など子どもの安全に関わる対策費用を補助する事業(子育て支援型共同住宅推進事業)を開始します。
「現在の手すりなどの安全に関する基準は、あまり子どもの事を想定したものとなっていません。普通なら登れないような高さの窓やバルコニーの手すりでも、そばにベッドなどの家具やエアコンの室外機を置けば墜落の危険が生じますし、子どもの体なら手すりの隙間を通ってしまうこともあります。窓まわり、バルコニー、吹き抜け周辺の手すりの高さや形状、家具の配置については、それぞれの周りの環境を見直してみてください」(布田さん)。
子どもから大人になって年を経るごとに、人間の身体能力は変化していくもの。快適で安全・安心な住まいを維持するためには、ライフステージが変わるごとに定期的に住まいの環境を見直し、建材や設備などに適切に手を加えていくことが大切です。自身と年齢が離れた家族の使い勝手などについては想像しにくい部分もあるので、ショールームのアドバイザーや建築士などのプロに相談することをおすすめします。
TDYのコラボレーションショールームでは、TOTOの水まわり、DAIKENの内装建材、YKK APの窓・玄関ドアなど、3社の暮らしの中での安全対策に役立つ商品をご覧いただけます。
またTOTO、DAIKEN、YKK APがご提案している「十人十家(じゅうにんといえ)」でも、それらの商品を取り入れたさまざまなテーマのリフォーム空間をご覧いただけますので、ぜひご活用ください。
安全対策でも注目の
リフォーム商品のご紹介
各家庭の安全面の課題に合わせて、住宅の建材や設備機器をチェックしていきましょう。
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TOTO 戸建て住宅向けシステムバスルーム
シンラリラックスを追求した新機能を搭載。日常を快適にするTOTOのこだわりをバスルームに。
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TOTO 浴室換気暖房乾燥機
「三乾王」暑い夏場は扇風機のような風を、寒い冬場は温風でポカポカに。浴室の温度を調節できます。
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DAIKEN 洗面専用フローリング
スリップケア特殊な表面化粧でグリップ保持力を高めており、床が濡れた状態でも滑りにくい床材です。水や汚れが浸透しにくいことに加え、幅広サイズで目地に汚れがたまりにくく、お掃除の手間を軽減します。
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DAIKEN システム手摺35型
シチュエーションに応じて選択いただける手摺部材です。豊富な部材ラインアップで、様々な階段・廊下に対応しており、ゴム集成材タイプは「ビオタスク(抗ウイルス機能)」付きもお選びいただけます。
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DAIKEN おもいやりフロアⅣ
高齢者や介護が必要なご家庭におすすめの、滑りに配慮した床材です。車イスの走行傷のほか、水や汚れにも強いのでお手入れも簡単です。
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YKK AP ルシアス シリーズ/バルコニー
豊富な格子デザインやスリムなパネルなど多彩なデザインから選べるバルコニー。玄関ドアやルシアスの他のエクステリア商品と組合せて、統一感のある外観を演出できます。
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YKK AP マドリモ 内窓
プラマードU今ある窓に内窓を取付けて二重窓に。窓の断熱性を高め、住まいの暑さ・寒さのお悩みを解消できます。室外からの騒音対策にも効果的です。
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YKK AP マドリモ 断熱窓
戸建用壁工事不要のカバー工法で、浴室の窓をスピード交換。暑さ寒さの原因となっていた古い窓を、新築にも使われている最新の窓に替えて、より快適で健康、ローエネな暮らしにかえることができます。
※この記事内容は、2022年2月25日時点での情報です。ご了承ください。